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浦和地方裁判所 昭和51年(ヨ)252号 判決

埼玉県入間郡毛呂山町長瀬一一九四―一三 債権者 谷藤祐

〈ほか二八名〉

右訴訟代理人弁護士 角南俊輔

同 太田宗男

埼玉県入間郡毛呂山町岩井一八五一 債務者 毛呂山町長 下田養平

右訴訟代理人弁護士 尾崎重毅

主文

1  債権者らが本判決言渡の日から七日内に共同して債務者のため金二〇〇万円の保証をたてることを条件として、債務者は別紙物件目録記載の建物を取毀してはならない。

2  訴訟費用は債務者の負担とする。

事実

第一当事者双方の申立

一  債権者ら

「債務者は別紙物件目録記載の建物を取毀してはならない。」

との裁判を求める。

二  債務者

「債権者らの申請を却下する。」

との裁判を求める。

第二当事者双方の主張

一  債権者ら主張の申請の理由

1  債権者らはいずれも埼玉県入間郡毛呂山町の住民である。そして、債務者は現在同町の町長の地位にあるものであるが、以下に述べるように、債務者は毛呂山町立毛呂山小学校の別紙物件目録記載の木造校舎(以下本件校舎という。なお、右校舎と同目録添付図面の黄線部分及び青線部分表示の取毀される前の校舎をあわせた従前の校舎全体を旧校舎という)を取毀そうとしているものである。すなわち、

(1) 債務者は、毛呂山小学校がかねてより米軍横田基地から離着陸する飛行機の騒音の被害を受けているとして、防衛施設周辺の整備等に関する法律(以下防衛施設周辺整備法という)第三条第二項第一号により国から補助金の交付を受けて旧校舎を鉄筋の防音校舎に改築することとし、昭和四四年七月二日「補助金交付についての校舎改築計画書」を東京防衛施設局長に提出した。

その後毛呂山町は旧校舎の敷地の南側に隣接した土地を新たに取得したので、債務者は右土地に防音校舎を建築することとし、右提出した計画を変更して、昭和四五年五月二九日新たに「事業変更理由書」を東京防衛施設局長に提出した。

昭和四五年九月九日右局長は債務者に対し、右「変更計画」の内定を通知するとともに、同年一一月三〇日迄に右計画に伴う補助金交付申請書を提出するよう指示した。

(2) 昭和四五年一〇月二六日、東京防衛施設局長は同施設局において昭和四五年度防音担当者会議を開催し、右会議には毛呂山町からも担当者が出席したが、その席上同局長側は行政指導として、原則として、当該年度の改築面積(新築する鉄筋の防音校舎の面積)に見合う旧校舎の取毀しを防音校舎新築の要件とする旨を述べた。

(3) 右行政指導は、防衛施設庁が防音校舎の新築に付した実質上の条件であって、強制力を有し、債務者は、前記変更計画の内定通知と右行政指導に基づいて、昭和四五年一一月三〇日以降防音校舎の新築及び旧校舎の解体についての補助金の交付を東京防衛施設局長に申請し、別紙(一)記載のとおり補助金の交付がなされた。

(4) 右補助金による防音校舎の新築は昭和四六年度から三か年三期にわたって行われたが、前記のように防音校舎は旧校舎の敷地に隣接した土地に建築されるのであるから、新校舎新築の敷地とするために旧校舎を取毀す必要はないにもかかわらず、債務者は各期工事の完了とともに相当部分―昭和四七年四月二一日に第一期工事分として別紙物件目録添付図面黄線部分(以下第一期解体工事部分という)、昭和四八年四月一八日に第二期工事分として同図面青線部分(以下第二期解体工事部分という)―を各取毀した。

2  右のように旧校舎を取毀すことは前記のように補助金交付に伴いつけられた行政指導の形をとった実質的条件であるが、右行政指導は以下に述べるように違憲もしくは違法なものであり、従って債務者が右行政指導に従って本件校舎を取毀そうとすることもまた違憲もしくは違法である。すなわち、

(1) 国が地方自治体に対し補助金を交付するに際しては、憲法第九四条、第九二条の原則を尊重することを要し、法律上の根拠のない限り、いささかでも地方自治体の公有財産の処分に介入することは許されない。いいかえれば、国は補助金の交付目的に添った適正な運用がなされているかどうかを監査しうるのみで、それ以上に地方自治体の公有財産の管理処分につき干渉する余地は原則として存在しないのであるから、これに違反して補助金交付の前提として旧校舎の取毀しを実質的条件とし、これを強制したことは憲法第九四条、第九二条に違反する。

(2) 補助金交付に際し旧校舎の取毀しを実質的条件とすることは補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律(以下単に補助金適正化法という)第七条第一項、第四項に違反する。すなわち、財源の乏しい地方公共団体は、本件のように校舎を改築しようとする際、防衛施設周辺整備法による国庫補助は補助金の額が多いことから、どのような条件を付されても同法による補助金を得ようと考えるのであり、一方、防衛施設庁は補助金交付に伴い様々な条件を付し、これによって地方自治に介入し、地方自治のあり方を決めていこうとするのである。

本件においても、前記のように債務者が事業変更理由書を東京防衛施設局長に提出し、これが受理された段階において、改築に伴う旧校舎の取毀しは必要でなくなったにもかかわらず防衛施設庁は前記防音担当者会議で、毛呂山町に対して防音校舎改築に伴う木造旧校舎の解体撤去を補助金交付の実質上の条件として提示したのであり、右実質的条件付与は補助金交付の目的を達成するための必要な限度をこえる不当な干渉である。

このことは、補助金交付の決定に際し付しうる条件は補助金適正化法第七条第一項に制限的に列挙されているところ、右旧校舎の取毀しのごときは右条項のいずれの事項にも該当せず、また、同条第四項は、「補助金等の交付の決定に付する条件は、公正なものでなければならず、いやしくも補助金等の交付の目的を達成するため必要な限度をこえて、不当に補助事業者等に対し干渉するようなものであってはならない」と規定し、右のような地方自治体に干渉するような条件を付することを禁止していることから明らかである。

(3) 債務者は、以下に述べるように何らの合理的理由もなく本件校舎を取毀そうとしており、これは地方公共団体の財産の良好管理と効率的運用を義務づけた地方財政法第八条に違反する。

① 本件校舎は、昭和五一年三月一杯は授業用に使用されていたものであり、維持管理さえ適切に行えばさらに相当期間校舎としての機能を維持することができる。しかも木造校舎は、教育施設としては、種々の点で鉄筋コンクリート校舎よりも秀れた機能を有しているのであるから、できるだけその長所を生かして使用継続すべきものである。

② 毛呂山小学校の昭和五一年度現在における学級数は全校で二八クラスであるところ、同小学校の通学区域内の六歳から一歳の児童数からみると昭和五五年度の同小学校の学級数は三三クラスと推定される。右推定は社会増を含まないものであり、毛呂山町ではさらに大幅な社会増が予測されるから防音校舎の収容能力は現時点においては多少の余裕をもつとしても、近々その限界を超えることは確実である。このような事態が予測されるにもかかわらず、本件校舎が全部取毀された場合、毛呂山町の財政規模等からすればその上に新たに校舎を増設することは不可能に近いと言わざるをえない。

③ さらに現在米軍横田基地より離着陸する飛行機数は激減している(毛呂山町における爆騒音の実態は、飛行機は確かに上空を通過するが、注意していないと爆音に気がつかないという程度である)。

以上のように町の財政難を無視してまで使用可能の旧校舎を取毀すべき積極的理由は何ら存在しない。

(4) 旧校舎の廃棄処分については、債務者はこれを町議会の議決にかけることなくして行ったが、毛呂山町の「議会の議決に付すべき契約及び財産の取得または処分に関する条例」(昭和三九年三月一四日毛呂山町条例第一号)第三条には「地方自治法第九六条第一項第七号の規定により議会の議決に付さなければならない財産の取得又は処分は、予定価格七〇〇万円以上の不動産又は動産の買入れ又は売払い(土地については一件五、〇〇〇平方米以上のものに限る)とする」とあるから、価格七〇〇万円以上である毛呂山小学校旧校舎解体について議会の議決を経ていない右処分は手続的に違法である。

3  そこで債権者らは、昭和四八年三月五日毛呂山町住民として、地方自治法第二四二条第一項に基づく監査請求として、毛呂山町監査委員に対し、旧校舎のうち第二期解体工事部分の取毀し中止勧告を求めたところ、右監査委員は、同年四月二日「補助事業においては、補助申請に伴う許可要件のとおりに執行することが補助を受ける団体の義務であり、これに拘束されることは、補助金等に係る予算の執行の適正化に関する法律の趣旨からみて当然であり、防音の要件を備えていない旧校舎は取毀さざるを得ないと思われる」との判断のもとに債権者らの請求を理由なしとして棄却した。

さらに債権者らは昭和四九年一二月一四日、本件校舎の取毀し中止とすでに取毀された第一期、第二期解体工事部分の損害賠償の勧告を求めて同様の住民監査請求をしたところ、同監査委員は昭和五〇年二月一八日、「旧校舎の取毀しは町が決定し申請したものであるから法律上違法でない」旨の判断のもとに請求を棄却した。

4  しかし右監査委員の判断にもかかわらず、本件校舎取毀しが違法であることは前述のとおりであるから、債権者らは債務者を被告として本件校舎の取毀しの差止めを求める住民訴訟を提起したが、債務者は本案判決の確定を俟たずに本件校舎の取毀しを行おうとしており、直ちにこれを差止めない限り、毛呂山町に回復困難な損害を生ぜしめるおそれがある。

すなわち、本件校舎を取毀したならば、学童数の増加により至近年内に毛呂山小学校においてもすし詰め教室になるか、さもなければプレハブ校舎が応急措置という名目のもとに相当長期間にわたって設置されざるを得なくなり、ひいては毛呂山町は莫大な公金の支出を余儀なくされ、窮迫している町財政に無用の圧迫をかけ、その損害は多大となるおそれがある。

よって債務者の本件校舎の取毀しの仮処分による差止を求める。

二  債務者の答弁書

(一)  本案前の抗弁

1 本件校舎の取毀しは、地方自治法第一四九条第六号に基き債務者の権限としてなし得る事実行為的行政処分であり、従って行政事件訴訟法第四四条により本件仮処分は許されない。

仮に本件校舎の取毀し行為が右のような行政処分にあたらないとしても、行政訴訟における権利保全の手続は、行政事件訴訟法第二五条第二項の執行停止によるべきところ、本件のような差止請求が本案訴訟である場合は右規定による執行停止の余地はない。行政事件訴訟法上執行停止の認められないものに仮処分が許されるということは実定法の予想しないところである。

2 本件仮処分は、民事訴訟法第七六〇条に基く仮の地位を定める仮処分であって、右仮処分事件の性質は訴訟事件ではなく民事行政としての非訟事件に属するものである。したがって、本件のようなほんらい行政庁の行うべき処分に関する仮処分は、裁判所による特別の行政処分となるものであるから、当然には司法権の範囲に属せず、立法的根拠がなければ認められない。

(二)  申請の理由に対する債務者の答弁

1 申請の理由1の冒頭の事実は認める。

同1の(1)及び(2)の事実は認める。

同1の(3)の事実のうち、債務者が昭和四五年一一月三〇日以降防音校舎の新築及び旧校舎の解体についての補助金の交付を東京防衛施設局長に申請し、別紙(一)記載のとおり補助金の交付がなされた事実は認めるが、その余の事実は否認する。

同1の(4)の事実は認める。

2 同2の法律的主張はすべて争う。

同2の(3)①の事実のうち、本件校舎が昭和五一年三月まで授業用に使用されていたことは認めるが、その余の事実は争う。

同2の(3)②の事実のうち、毛呂山小学校の昭和五一年度現在における学級数及び同五五年度における学級数推定がいずれも債権者主張のとおりであることは認めるが、その余の主張は争う。

(三)  債務者の主張

1 毛呂山小学校改築の経緯は次のとおりである。

(1) 従前の毛呂山小学校校舎はすべて木造建築であって、その建築年次は次のとおりである。

昭和四六年度解体予定校舎―このうち東側一教室は昭和六年九月、右以外の西側校舎全部は昭和一二年二月

昭和四七年度解体予定校舎―昭和六年九月

昭和四八年度解体予定校舎―一階部分は大正一〇年四月、二階のつぎ足し部分は昭和二四年五月、ただし右は校舎の本体部分であって、廊下、便所、給食室等は含まれない。

右のように校舎の建築年次は、古くは大正一〇年、新しいものでも昭和二四年であって、毛呂山町当局としては、遅くとも昭和四三年頃より右校舎を改築したいと考えるようになった。

(2) しかるに当時、米軍横田基地より離着陸して毛呂山小学校の上空を通過する米軍々用機の爆騒音は甚だしく、町当局は防衛施設局と折衝の結果、国の補助金を得て既存校舎を全面改築の上防音施設を整備することになった。

(3) 債務者は右防音校舎建設について昭和四六年四月末頃毛呂山小学校防音校舎建築委員会を設置し、同委員会の会議は同年五月一七日に第一回、同年九月二八日に第二回が開催され、そこで町当局の防音校舎の建築、旧校舎の取毀しに関する計画は委員全員の諒承を得た。

(4) 校舎改築の工事は予算を伴うものであり、また町議会の議決を必要とする請負工事契約が前提となるが、これに関しては別表(二)記載のとおり毛呂山町議会の議決を得た。

なお第三期分工事のうち校舎解体については、国の補助を得て昭和五一年度内に実施すべく準備中である。

(5) 当初の計画では工事は三年間で昭和四八年度に完成する予定であったが、オイルシヨック等、また国の公共事業規制の方針の影響で防音校舎の新築は昭和五〇年度にようやく完成した。

2 毛呂山町における公有財産の現状変更に関する手続については毛呂山町財産規則(昭和四〇年四月一日規則第一〇号)中に規定があり、この面からも規制されているが、債務者は、本件第三次校舎改築に先立つ第一次及び第二次の毛呂山小学校校舎改築に伴う従前校舎の取毀しについては、次のような手続きを経て適正にその業務を執行し、なお本件第三次分の取毀しについても同様の手続を経由しつつある。

(1) 毛呂山町教育委員会は、昭和四七年二月二九日委員会を開いて第一次校舎改築に伴う従前校舎の公用廃止を決定し、同年三月一六日付毛教発第三二四号文書をもって債務者宛、地方自治法第二三八条の二第三項の規定による引継ぎをし、毛呂山町においては、工事の起工と従前校舎の解体とを同一手続をもって昭和四七年七月一三日工事起工伺いとして企画課において取り進め、関係者と合議のうえ、債務者の決裁を経由した。右手続によって毛呂山町財産規則第二一条の手続きが履践されたと解される。

(2) 第二次取毀しに関しては、昭和四八年二月五日毛呂山町教育委員会の公用廃止の決定、同月一五日付毛教発第三二七号文書による債務者への引継ぎ、同年九月頃企画課において前回と同様の解体工事を含む工事起工伺いの手続をとって、その頃債務者の決裁を得ている。

(3) 本件校舎に関しては、昭和五一年六月一八日、毛呂山町教育委員会の公用廃止の決定があり、同年七月五日毛教発第一、〇〇五号文書による債務者への引継ぎがなされた。本件においては前二回と異なり、起工と解体は別個に取り扱われているので、解体に関する毛呂山町財産規則第二一条の手続は今後履践される予定である。

3 補助金適正化法違反の主張について

(1) 債務者が本件校舎を取毀そうとするのは補助金交付の条件を遵守せんがためではなく、本件校舎を校舎として残置する必要を認めないこと、空家として管理するための無益の出捐を一日も早く解消したいこと、早く本件校舎を取毀して跡地に町営運動場を作りたいことの理由による。

なお校舎として残置する必要を認めない理由については後に詳述するとおりである。

(2) しかも、防衛施設庁の原則として旧木造校舎を解体せよとの行政指導が、補助金適正化法第七条にいう条件であるというためには、行政当局責任者による明確な文書による意思表示が必要とされるところ、本件においてはそのようなものはない。

(3) 右行政指導に対しては、毛呂山町自体がいやしくも新築の鉄筋校舎を作る以上、旧木造校舎を取毀すということは、本件補助金の性質上当然のことと理解した。

4 地方財政法第八条違反の主張について

(1) 地方財政法第八条は現存する公有財産の管理運用に関する規定に止るものであって、本件取毀し行為のように、ある用途を有していた財産について、その用途を廃止して滅失させる行為については、別途の観点からその規制がなされるべきものと考える。

仮に同条に廃棄行為まで含まれると解しても、同条はいわゆる訓示規定と解すべきものであって、違反の問題は、当不当の問題を生ずることがあっても、適法違法の問題を生ぜしめるものではない。

(2) 毛呂山町における小学校児童数、学級数の現状並びに昭和五五年五月一日までのその推移に関する推定は次のとおりであり、本件校舎を残置すべき必要の認められないことは明らかである。

① 昭和五一年五月一日現在における右児童数、使用学級数、保有教室数は別表(三)記載のとおりであり、毛呂山小学校の学区の変更をしない場合の昭和五五年五月一日の推定児童数、学級数は別表(四)記載のとおりである。

なお光山小学校においては昭和五二年度において四教室の増築が予定され、別表(三)記載の同校の保有普通教室数は二八、町全体の合計では八六となる予定である。

② 以上のような児童数の推移が予想され、その結果毛呂山小学校のみが必要普通教室数三三に対し保有教室数が三〇であり、従って三教室分の児童収容の必要が生ずるわけであるが、川角小学校においては十二分の余力があり、また両校の立地条件からしても学区の変更を行なえばこの問題は解決する。

仮に学区の変更が困難であるとしても、現在毛呂山小学校の保有する理科二、音楽二、家庭科二、図書室一、図工科一の各特別教室のうち、三教室を普通教室に転換すれば右必要に応じうる。

また、教育委員会は第四小学校の新設について町当局と概ね合意に達し、現在町当局において敷地の選定等の準備にとりかかっている状況である。

③ さらに毛呂山町は住民の急増に伴う児童の教育施設の整備等の問題に対処するため、昭和五〇年四月、宅地開発指導要綱を作成決定し、自己の居住用以外の住宅の建築でその規模が三戸又は三世帯以上の事業を営もうとする者の等に対し、小中学校用地費として一戸又は一世帯等につき二五万円の負担を課すことにして土地の濫開発を防ぐ措置を講じており、今後昭和四七、八年のような人口の急激な流入は考えられない。

(3) 本件校舎について管理権限及び校舎としての用途を廃止する権限を有するのは毛呂山町教育委員会であり(地方教育行政の組織及び運営に関する法律第二三条第二号)、債務者は、教育委員会により用途を廃止され地方自治法第二三八条の二第三項により普通財産となった本件校舎を引継いだもので、従って普通財産としての建物について管理処分の権限を有するに止る。

すなわち、本件校舎を校舎として存置すべきかどうかという問題に関する直接の決定権限を有するのは教育委員会であって、債務者ではない。

なお、債務者は本件校舎についても毛呂山町における行政の最高責任者として地方自治法第二三八条の二第一項の権限と義務を有するが、右規定に反して違法にその義務を怠ったことはない。

(4) 従って債権者らの地方財政法第八条違反の主張も、右の各理由からいって失当である。

5 「議会の議決に付すべき契約及び財産の取得又は処分に関する条例」違反の主張について

(1) 本件校舎の取毀しは事実行為であって法律行為としての行政処分ではない。このような行為は地方自治法第一四九条第六号に基き町長の権限に委ねられており、議会の議決は必要とされていない。

なお、毛呂山町議会は予算の制定、決算の認定、工事請負契約の締結に関する議会の議決の権限を行使する際、間接に本件取毀し行為に関与できることはいうまでもないが、毛呂山町議会においても、右のそれぞれの議案の審議の過程において、本件取毀しに関しては何らの異議もなかった。

(2) 議会の議決を要する事項を定める地方自治法第九六条第一項第七号に規定する「処分」の内容は、地方自治法施行令第一二一条の二第二項並びに別表第二の上欄に記載されているところ、右は処分の種類を「買入れ又は売払い」という行為だけに限定しており、この点からいっても債権者の主張は失当である。

6 本件仮処分申請はその必要性が認められない。

(1) 本件の本案訴訟が住民訴訟であり、住民訴訟の本質が地方公共団体の財務会計に関する公共の利益を保護することにあることからすれば、債権者らは本案訴訟で争うをもって足り、それ以上に当事者双方の間に仮の地位まで早急に定める必要はない。

(2) 本件では仮の地位を定める仮処分の要件たる債権者らの著しい損害若くは急迫な強暴は認められない。

本件校舎が取毀されることによって、もし著しい損害が生ずるとすればそれは毛呂山町について生じるものであって債権者らについて生ずるものではない。

三  債権者らの反論

1  毛呂山小学校の教室不足の対策として債務者は通学区の変更を挙げるが、公立学校建物の校舎等の基準(甲第二一号証)より、小学校等の設置基準として、校舎、運動場の広さが規定されているところ、昭和五一年度における毛呂山町内の各小学校の敷地面積及び児童数は別表(五)記載のとおりであり、これによれば毛呂山小学校が最もゆとりがあり、従って毛呂山小学校の通学区から新たに児童を他に移籍することは右基準に照らし不可能である。

また通学区の変更は住民感情、児童に与える影響等を考慮すれば単なる行政上の都合で勝手になしうるものではない。

2  さらに毛呂山町には町を縦断する都市計画道路及び新団地建設計画があり、町人口を飛躍的に増加させることになることは確実であるし、しかも、右各団地及び道路は毛呂山小学校付近に建設される計画であるから、右各計画の実現により増加する児童は毛呂山小学校の学区に入ることになり、従って教室不足の事態の発生は歴然としているといわなければならない。

第三疎明≪省略≫

理由

第一本案前の抗弁についての判断

普通地方公共団体の長が当該普通地方公共団体の普通財産を廃棄する行為は、行政庁の行為ではあっても、公権力の行使には該当しないと解するのが相当であるから、民事訴訟法に基く仮処分をもって右廃棄行為を差止めることはなんら行政事件訴訟法第四四条の規定に違反しないと解すべきであり、このことは、たとえ本件のように普通地方公共団体の住民が地方自治法第二四二条の二の規定に基いて住民訴訟を提起する場合のような公法上の請求権を被保全権利とする場合、いいかえれば行政訴訟を本案訴訟とする場合においてもなんら変りがないものと解するのが相当である。したがって、右と異り、本件校舎の取毀しが行政処分であるとの主張、行政訴訟を本案訴訟とする場合には仮処分は許されないとの主張、仮の地位を定める仮処分の場合は裁判所が行政処分を行うに等しい結果となるとの主張等を前提とし、本件仮処分申請が不適法であるとする債務者の本案前の抗弁は理由がない。

第二本案についての判断

一  債権者らがいずれも埼玉県入間郡毛呂山町の住民であり、債務者が同町の町長の地位にあるが、現在、債務者が毛呂山町立毛呂山小学校の旧校舎のうち残存している本件校舎を取毀そうとしていることは当事者間に争いがなく、これに対し、債権者らは昭和四九年一二月二四日付をもって毛呂山町監査委員に対し、債務者のなそうとしている本件校舎の取毀し中止と既に取毀した第一期、第二期工事分の損害賠償の勧告を求める住民監査請求をしたが、同監査委員から昭和五〇年二月一八日付をもって請求棄却の通知をうけたことが≪証拠省略≫により明らかであり、また債権者らがその後法定の期間内に債務者を被告として本件校舎の取毀しの差止めを求める住民訴訟を提起したことも弁論の全趣旨により明らかである。

二  そこで本件校舎の取毀しが違法であるかどうかについて以下考察する。

(一)  毛呂山小学校校舎改築の経緯

≪証拠省略≫によれば、次の事実が認められる。

1 債務者は、毛呂山町長として、昭和四三年に「毛呂山町振興計画基本構想」を発表しその中において、同町立毛呂山小学校の木造校舎を老朽化したとして改築する旨の計画を示したが、右計画は同小学校が米軍横田基地から発着する航空機の爆騒音による被害が甚だしかったことから防衛施設周辺整備法第三条第二項第一号による国の補助金を得て鉄筋コンクリート造の防音校舎を建築する方針で進められた。

2 そのために債務者は、昭和四四年七月三日「補助金交付についての校舎改築計画書」を東京防衛施設局長に提出したが、その後毛呂山町が旧校舎の敷地の南側に新たに敷地を取得したことから(以上の事実は当事者間に争いがない)、同町長は昭和四五年五月二九日防音校舎を右新たな敷地に建築したい旨の「事業変更理由書」を同局長に提出した。

3 右防音校舎の建築は昭和四六年度以降三か年に分けて工事を行う計画で、右工事に対する前記補助金の交付が、第一期及び第二期工事については旧校舎の解体工事に対するものを含め、別表(一)記載のとおり決定し、債務者は国より右補助金を得て防音校舎の建築に取りかかり、途中いわゆるオイルショックによる工事費の値上がり等のため一時工事を中断し、昭和五〇年度に普通教室三〇、特別教室八を有する防音校舎が完成した。

(二)  旧校舎の取毀し等に関する経緯

1 ≪証拠省略≫によれば、前記補助金の交付決定に先立って昭和四五年一〇月二六日、毛呂山町からも担当者が出席して、東京防衛施設局において昭和四五年度防音担当者会議が開かれたが、右会議の席上同施設局側から「改築後の木造校舎は、原則として当該年度の改築面積に見合う木造校舎の部分は解体しなければならない。永久的に他目的のため残すことは原則として許されない。例外として倉庫、生徒クラブ室として残すことはありうる。」との行政指導がなされた(概ね右のような行政指導がなされたことは当事者間に争いがない)ことが認められる。

2 そして、≪証拠省略≫によれば次の事実が認められる。

(1) 本件防音校舎建設に関する債務者の諮問機関として、昭和四六年四月末頃毛呂山小学校防音校舎建築委員会が設置、開催されたが、同委員会では旧校舎の取毀しについて、何ら異議が述べられなかった。

(2) 地方教育行政の組織及び運営に関する法律第二三条第二号、毛呂山町財産規則第二六条第一四条により毛呂山町の学校の用に供する財産の管理権限、その行政財産としての用途の開始、変更、廃止の権限は毛呂山町教育委員会が有していたところ、同委員会は、旧校舎のうち、第一期解体工事部分については昭和四七年二月二九日、第二期解体工事部分については昭和四八年二月五日それぞれ用途廃止の決定をし、第一期解体工事部分は昭和四七年四月二一日、第二期解体工事部分は昭和四八年四月八日それぞれ取毀され(右取毀しの事実は当事者間に争いがない)、残りの本件校舎についても、毛呂山町教育委員会は昭和五一年六月八日用途廃止の決定をし、次いで地方自治法第二三八条の二第三項により同年七月五日付毛教発第一〇〇五号文書による債務者への引継ぎがなされ、本件校舎は現在債務者が普通財産として管理している。

(3) なお、本件防音校舎の改築工事及び旧校舎の解体工事は予算を伴うものであり、また右工事に関する請負工事契約も毛呂山町議会の議決を必要とするが、これに関して、同町議会は別表(二)記載のように議決したが、いずれも債務者提案通りの議決であった。

(三)  憲法違反ならびに補助金適正化法違反の主張について

1 債権者らは昭和四五年一〇月二六日防音担当者会議の席上東京防衛施設局側からなされた行政指導は、国が地方自治に不当に介入するものであって憲法第九四条、第九二条の趣旨に違反し、また右行政指導は実質的にいって補助金適正化法第七条第一項にいう補助金交付に際し付した条件であり、しかも地方自治に干渉するものであるから、同条第一項に制限的に列挙された適法な条件にあたらず、また、補助金等の交付に付する条件は公正なものでなければならず、補助事業者等に対し干渉するようなものであってはならないとする同条第四項に違反する違法な条件であると主張する。

2 しかし、本件の補助金は航空機の騒音による被害防止のため木造校舎を鉄筋の防音校舎に改築するための補助金であるから、その補助金の交付申請がありその交付決定があった以上は、既存の木造校舎は航空機の騒音によりもはや校舎としては使用に耐えられないと、補助金の交付を申請した地方自治体の側においても、これを決定した国の側においても認定したものであることが明らかであり、したがって、たとえ、防音校舎建築の敷地と既存校舎の敷地とが別であって、防音校舎を建築するのに既存校舎を取毀すことが物理上必要であるということはなくとも、既存校舎は原則として解体すべきことを指示するのは当然であって、そのような指示はなにも地方自治に不当に介入するものとはいえないから、なんら債権者ら主張の憲法の規定に違反しないし、右のような行政指導が仮に実質上補助金の交付に付した条件にあたるとしても、補助金適正化法第七条第三項の補助金交付の目的を達成するために必要な条件にあたり、かつ、公正なものであり、不当に補助事業者等に対し干渉するものでないことは多言を要しない。また、補助金適正化法第七条第一項が補助金交付に付し得る条件を制限的に列挙したものであるとの債権者らの主張が理由のないことは、右の同条第三項及び同条第二項の各規定の存在により明らかである。よって、前記行政指導が補助金適正化法に違反するとの主張も到底採用できない。

(四)  地方財政法第八条違反の主張について

1 債権者らは、債務者が本件校舎を取毀すのは、地方公共団体の財産の良好管理と効率的運用を義務づけた地方財政法第八条の規定に違反すると主張する。

2 これに対し、債務者は右地方財政法第八条の規定は、地方公共団体の財産の管理運用に関する規定であって、用途を廃止した財産を廃棄する行為を規制するものではなく、また、いわゆる訓示規定にすぎないから、これに違反した場合当不当の問題を生ずることはあっても適法違法の問題を生ずることはないと主張するので、まずこの点について検討するに、右地方財政法第八条の規定は、広く財産の保持を不要として廃棄しその他処分するかどうかを含めて地方公共団体の財産を良好、効率的に管理、運用すべきことを定めたものと解すべきであるから、本件校舎の取毀し行為の如き財産の廃棄行為も右規定によって規制されるものというべきであり、また、財産を良好、効率的に管理、運用すべき具体的方法は原則として当該地方公共団体の裁量に委ねられるものと解せられるが、さればといって右地方財政法第八条の規定が訓示規定であってこれに違反しても当不当の問題を生ずるにすぎないと解すべきではなく、良好、効率的な管理、運用に明らかに反する行為は違法となるものと解するのが相当である。

3 ところで、前示のとおり、毛呂山小学校の旧校舎は、米軍横田基地から発着する航空機の騒音による被害により校舎として使用に堪えないものとして防衛施設周辺整備法に基き国の補助金の交付を得て鉄筋の防音校舎に改築されることとなったのであるから、右旧校舎を解体することは、通常であれば補助金の交付を受けた目的を達成することにもなり、特段の事情のない限り、右地方財政法第八条の規定に違反しないものと解せられる。

4 しかし、以下に見るとおり、毛呂山小学校の旧校舎における航空機の騒音は現実には授業に差支えるほどのものであることの疎明はないし、本件校舎は老朽化しているとはいえ、未だ十分に校舎としての使用に耐えられると認められ、更に毛呂山小学校においては近い将来に教室数の不足を来たすことが明らかである。すなわち、

(1) ≪証拠省略≫によれば、毛呂山町上空を通過する航空機の騒音はもともとそれほど著しいものではなかったが、特にベトナム戦争の終結後は米軍横田基地から発着する航空機の数も減り、昭和四九年当時において、毛呂山小学校の上空を通過する航空機数は一日当り数機ないし数十機であり、その爆音も大部分は注意していないと気がつかない程度のものでその音量はせいぜい六〇ホン程度と考えられ、旧校舎でも授業の妨げとなるほどのものではないと認められ、右認定を左右するに足りる疏明資料はない。

(2) ≪証拠省略≫によれば、もともと毛呂山小学校校舎の改築は前記のとおり老朽化したことから計画されたものであって、旧校舎の建築年度は大正一〇年、昭和六年、昭和一二年、昭和二四年、昭和三〇年にわたり、数回増築がなされたものであり、そのうち本件校舎は教室等の主たる部分は一階部分が大正一〇年に建築され、二階部分が昭和二四年に増築されたものであって、その耐力度(公立学校建物につき文部省指定の方法により調査され、点数をもって表示されたもの)は昭和四三年度の調査において三八六七点、その後の調査において三八一四点であり、かなり老朽化し、教育委員会も昭和五一年六月八日用途廃止をした理由の一として、児童収容の場としては安全上問題があるとの点をあげているのであるが、本件校舎は現に昭和五一年三月末までは授業用に使用されていたものであり(このことは当事者間に争いがない)、埼玉県内の入間郡を中心とした毛呂山町周辺の他の市町村には、耐力度四五〇〇点以下の校舎を使用している小学校が一九校もあり、そのうち二校(越生町越生小学校、嵐山町鎌形小学校)は耐力度三五〇〇点以下であることが認められるので、本件校舎はなお当分の間は十分に校舎としての使用に耐えられるものと考えられ、これに反して、本件校舎を校舎として使用することが危険であることを具体的に疎明する資料はない。

(3) また、≪証拠省略≫によれば、毛呂山町教育委員会事務局の試算によると、昭和五一年五月一日現在の毛呂山町における各小学校の児童数、学級数、保有教室数は別表(三)記載のとおり(そのうち毛呂山小学校の児童数、学級数はそれぞれ一〇四五、二八、保有教室数は普通教室三〇、特別教室八)であり、昭和四六年から昭和五〇年までの毛呂山、川角両小学校の各学年の転入児童数の平均増減の実績、現在居住の要就学児童数及び右転入児童数の実績により推定した(したがって自然増及び社会増を含む)各小学校の昭和五五年五月一日の推定児童数、必要普通教室数(学校の新設、学区の変更をしない場合)は別表(四)記載のとおり(毛呂山小学校については児童数一三八三、必要普通教室数三三であることが認められ、従って毛呂山小学校においては、本件校舎が取毀された場合、昭和五五年度において少くとも普通教室につき三教室の不足が予測される(昭和五一年の学級数が二八、昭和五五年の推定学級数が三三)であることは当事者間に争いがない。

もっとも、≪証拠省略≫によれば、右のような事態に対し毛呂山町教育委員会は、一時的には毛呂山小学校の八教室ある特別教室の一部を普通教室に転換することを予定し、また光山小学校において昭和五二年度に四教室が増築され、川角小学校は昭和五五年度においても普通教室一〇教室分の余裕が推定されるなどのことから、毛呂山町全体では小学校の児童収容能力は充分であるとして、場合によっては学区の変更も考えこれに対処しようとしており、さらに毛呂山町では現在四番目の小学校の新設を計画し、昭和五二年度中にその敷地を買収する予定になっており、また、毛呂山町では昭和五〇年四月作成決定した毛呂山町宅地開発指導要綱において、自己の居住用以外の住宅の建築でその規模が三戸又は三世帯以上の事業を営もうとするもの等に対し、小中学校用地費として、一戸又は一世帯等に付き二五万円の負担を課し、これによって住民の急増に伴なう児童の教室施設の整備について対処しようとしていることが認められる。

しかし、≪証拠省略≫によれば、毛呂山町には、いずれも毛呂山小学校の学区内に、町を縦断し越生町に通ずる幅員一八メートルの都市計画道路が決定されており、埼玉県住宅供給公社と防衛庁共済組合による団地造成計画があり、右団地造成計画のうち前者(一四万七五四一平方メートル)は、順調にゆけば、昭和五二年中に街路決定がなされ、昭和五三、五四年に区画整理が行われて、昭和五五年から建築の着手がなされる見込みであり、後者(八万一一二〇平方メートル)は昭和五三年以降建築が開始される予定であることが認められるので、これらの事業をも考慮すると、毛呂山町における人口の社会増ひいては教室不足は前記毛呂山町教育委員会の推定を大幅に上回る可能性もあり、また、≪証拠省略≫によれば、毛呂山小学校の学区の変更には住民の反対が予測されるというのである。

そうしてみると、本件校舎を取毀した場合、教室不足を補うため新たにプレハブの校舎を応急に建築しなければならないというような事態が発生しないとはいいきれないといわなければならない(≪証拠省略≫によれば、現に、入間市立豊岡小学校では防音校舎の建築にともない従来の木造校舎を取毀したところ、その後児童数の増加によって防音校舎では児童を収容し切れなくなり、新たにプレハブ校舎を建設してこれに児童を収容していることが認められ、また一方、入間郡日高町の高萩小学校では、防音校舎建設後も児童増による教室不足に対処するため、プレハブ校舎よりも旧木造校舎のほうが校舎の機能上優れているとして、旧木造校舎を残してこれを使用していることが認められる)。

5 また、仮に本件校舎を校舎として使用する必要が生じないとしても、あるいは又仮に本件校舎を校舎として残すことが補助金の交付を受けて防音校舎を建築した目的に背馳するとしても、≪証拠省略≫によれば、毛呂山町は財源が乏しく、図書館等の社会教育施設や社会福祉施設の存在しないものが多いことが認められるので、本件校舎をこれらの施設に転用すれば頗る有効であると考えられ、そして、前述のように防衛施設局側も旧校舎を例えば倉庫や生徒クラブ室として残すことを例外として認めているのであるし、本件校舎を防音校舎完成後も残して校舎以外の目的に利用することは、あながち補助金交付の目的に反しないと解せられる。

6 そこで、以上の点を彼此考え併せれば、本件校舎を取毀さずに残したとしても必ずしも本件補助金交付の趣旨に反しないとも考えられるし、債務者が右のような点を熟慮することなく、単に当初の計画に従って本件校舎を取毀すことは、町の財産の管理方法として多大の疑問が存し、地方財政法第八条に抵触する十分の疑いが存するといわなければならない。

7 そして、仮にこれまでに述べたところにより、債務者による本件校舎の取毀しが地方財政法第八条に違反し、違法であるとの点について疎明ありと未だいえないとしても、本件校舎はその面積の多大である点からすれば、今これと同等の建物を建築するとすれば優に一億円内外を要すると認められ、本件校舎が仮に違法に取毀された場合、毛呂山町に回復困難な多大の損害が生ずることは明白であるのに対し、本件校舎の取毀しを禁止したとしても毛呂山町の蒙る損害は主として本件校舎の管理費程度に止ると思料される(≪証拠省略≫によれば、毛呂山町当局においては本件校舎取毀し後の跡地は町民の運動場にする計画であること及び本件校舎は用途廃止後不良青少年の溜り場となりつつあり、その点で火災発生の危険もあり、そのため早期の取毀しを求める町議会の決議がなされ、同趣旨の付近住民の陳情書が債務者に提出されていることが認められるけれども、前者の計画の実現が妨げられることは著しい損害とはいえないし、後者の危険は管理を全うすることにより概ね防止しうるものと考えられる)ので、疎明の不足する点は債権者らの立保証をもって疎明に代えることが相当であると認める。

三  そして、もし債務者による本件校舎の取毀しが地方財政法第八条に違反し違法であるとするならば、本件建物の価値が前示のとおりである以上、毛呂山町長である債務者個人が本件校舎の取毀しによって毛呂山町が蒙る損害を補填するに十分な多額の資産を有しない限り、毛呂山町は回復困難な損害を蒙るおそれがあるものということができるから、毛呂山町の住民である債権者らは、地方自治法第二四二条の二第一項第一号の規定に基き債務者に対し、本件校舎の取毀しの差止めを訴求することができるものということができる。

四  しかるに、債務者は本件校舎を取毀そうとしているのであるから、債権者らは民事訴訟法第七六〇条に基き、著しい損害(この場合債権者ら自身の損害ではなく毛呂山町の蒙ることあるべき損害を指すこととなるこというまでもない)を避けるため、仮の地位を定める仮処分として本件校舎の取毀しの差止めを求めることができるものといわなければならない。

第三結論

よって、債権者らの本件仮処分申請を相当と認め、債権者らが本判決言渡の日から七日内に共同して、当裁判所が諸般の事情から相当と認めた金二〇〇万円の保証を立てることを条件に債権者らの申請を認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 今村三郎 裁判官 蘒原孟 裁判官 染川周郎)

〈以下省略〉

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